マダム ご挨拶・ブログ
CHIKOサロン芦屋は6月度より株式会社egaoカンパニーが運営をいたしております。
これまでとは時代も異なり、芦屋山手のサロンをよろしければご自由にご利用くださいといった形でのご提供では、とんでもなく維持管理が厳しくなっております。
阪急芦屋川から徒歩4分 あおあおとした木々、川のせせらぎ、澄んだ空気。そういった自然に囲まれ、そしてサロン内のイングリッシュガーデンも人の心を癒しいつ来ていただいても、素敵な空間ですね、と感じていただけるようなサロンであり続けたいと思います。
又 そう感じていただける皆様とともに CHIKOサロン芦屋は進化し、成長していく必要があると思うのです。

*二代目マダム AKO
藤井晶子 プロフィール
大学卒業後、家業である、家庭用品メーカーのデパート販売員を経て、デコレーター(ディスプレイ)として 全国百貨店を巡回。他の業界も見たくなり、退社後 企画会社に入り、アリス&海援隊ジョイントコンサート やしきたかじんファンクラブ などに携わる。
アパレルメーカー、英会話教材、コーヒーメーカーの営業職も経験。
結婚後、夫の転勤に伴って、札幌、東京、アメリカ などで貴重な生活体験、関西に戻り、家業の販促業務&派遣女性社員の教育を担当。
企業内ベンチャーでレンタルオフィス「CHIKOあきんど」を任され、
インキュベーションオフィス=起業長屋 ということから、「起業長屋の女将」と呼ばれる。
2007年末に閉館するまでの4年間で、輩出した起業家が約70名。
今まで 出会った起業家1500名以上。
| 昭和29年 | 芦屋市生まれ。 甲南女子中・高、同女子大学国文学科卒業 |
| 平成17年 4月 | 自宅敷地内に邸宅貸しスペース「CHIKOサロン芦屋」を開設、運営に携わる。 |
| 平成17年 3月 | いずみホールでのピアニスト 後藤泉・フルート奏者シュルツとの デュオコンサートで800人の集客 |
| 4月 | 有限会社オフィスFABBを設立 |
| 7月 | 7月、シンフォニーホールでの オーケストラコンサートを主催 1800名の集客に成功。 |
以後、難しいといわれるクラシックコンサートの成功から集客の相談や広報の仕事を請ける。
また「インディーズからメジャーへ 」と銘打ち、埋もれている商品、サービス、人財 をWEB や紙媒体、マスメディアを使って コンサルティング&広報 に携わる。
その他 ヒルトン・バケーションクラブ代理店、海外広告「華報社」の関西支社代表を兼務。
初代マダムCHIKO、藤井千鶴子の逝去に伴い、二代目マダムCHIKOになりました藤井晶子です。
CHIKOサロンのテーマ
「自分のための時間を大切にしていますか
いつもと違うことに挑戦していますか
うんと年上か年下の友達はいますか」
自分を愛すると同時に他の人を愛し、好奇心を持って前向きに生きる人々が
世代を超えて交流する場・・それがCHIKOサロン芦屋です。
単なる場所貸しというだけでなく、
新しいことに挑戦する方のために低料金で一軒家のスペースをお貸しすることで、
CHIKOサロンと関わりをもっていただく皆様と共に発展し、進化し続け、
そして皆様との「絆」を大切にしたいと思っています。
また文化・芸術は余暇を楽しむためのものだけではありません。
大切な教育でもあります。
そのことを 芦屋、関西、日本に発信し続けたいと思っております。
知的な時間を楽しまれたり、癒しの場として、
またビジネスの商談室としてもご利用いただければ幸いです。

*初代マダム CHIKO
藤井千鶴子 プロフィール
| 昭和03年 | 六甲生まれ。小学校6年生の12月に真珠湾攻撃。 第2次世界大戦中は軍需工場で学徒動員も経験。 神戸松蔭女学校卒業。卒業式もないご時世だった。 |
| 昭和20年 | 18歳で終戦を迎える。 |
| 昭和25年 | 結婚。 |
| 昭和46年 9月 | 夫の急死。 |
| 昭和46年11月 | 夫が創業した会社を引き継ぐ。 |
| 以降、朝日プラスチック(株)取締役社長として業績をのばす。 | |
| 平成17年 3月 | 上記を引退し、CHIKOサロンマダムとしてムードメーカーに務める。 |
私が芦屋に住むことになったのは昭和20年代のことでした。四季を彩る山並み、芦屋川、そして砂浜の向こうに見える水平線。豊かな自然に恵まれた美しい街で、所帯を持ったばかりの私は、家主さんやご近所の方々に助けられながら希望に満ちた生活をスタートさせました。誰もが毎日の暮らしに精一杯な時代でしたが、銭湯帰りに食べたアイスキャンデーの味や、映画館の独特の匂いが懐かしく思い出されます。質素な生活の中にもささやかな楽しみと豊かな感情のやりとりがあった時代でした。
夫の突然の死によって会社を継ぐことになった後も、この街で主婦として家庭を守り子供を育ててきました。無我夢中で仕事をして30年以上がすぎた今、あらためて社会に向けて何かを発信していきたいと考えるようになったのです。
私のまわりにいる女性は、頑張り屋さんばかりです。主婦であれ、仕事を持つ人であれ、張りつめた弦のように必死に生きています。物が豊富になり、生き方も自由に選択できる時代なのに、逆に人との関わりが希薄になり、人生の先輩からのアドバイスを受ける機会すら得られないのではないでしょうか
あれこれ考えるうちに、地域の皆様や働く女性達、そしていつの時代も大変な主婦の方々の、交流の場を作りたいと考えました。私の経験がお役にたつなら、お話しもしますし、逆に教えていただくこともあるかと思います。
皆様がこのサロンで、知的な時間を楽しまれたり、自分自身を癒すことに目を向けていただければ幸いです。